結論:立会いは金額を決める場ではありません。その場で署名を迫られたら持ち帰れます
退去立会いで損をしないために覚えておくことは、ひとつだけです。立会いは部屋の状態を確認して記録する場であって、費用を確定させる場ではありません。
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」の費用算定の手順を見ると、立会いに当たるのは「物件の状況確認(対象箇所/汚損・破損の状態)」の段階です。そこから原状回復義務のあるもの・ないものを振り分け、負担割合を検討し、経過年数を考慮するかどうかを確定し、そのうえで工事と費用請求に進む——という順番で整理されています(2026年9月20日に全文PDFで確認)。金額が出るのは、立会いのあとです。
だから、当日に差し出された書類の内容が分からなければ、「持ち帰って確認します」と言って構いません。立会いをする側として言えば、その一言で立会いが決裂することはありません。むしろ、その場の空気で署名してもらった書類は、あとで「聞いていない」と言われる火種になるので、貸主(大家)にとっても得ではないのです。
この記事では、当日の流れ・見られる場所・署名前に確かめる3点を、立会いをする側の目線で書きます。費用の中身そのものは退去費用の相場はいくら?原状回復はどこまで借主負担かにまとめています。なお個別の契約は特約の有無で扱いが変わりますので、最終的な判断は契約書を持って管理会社または貸主に確認してください。
前提の整理:立会いで決まること、決まらないこと
「立会いで全部決まる」と身構えるから、その場で押し切られます。何が決まって何が決まらないのかを先に分けます。
| 内容 | 借主が当日すること | |
|---|---|---|
| 立会いで決まること | 部屋のどこに、どんな状態の傷・汚れ・不具合があるか(事実の記録)。鍵の返却。明け渡しの日 | 指摘された箇所を自分の目でも見て、写真を撮る。事実と違えばその場で言う |
| 立会いでは決まらないこと | 修繕の範囲と施工方法、借主の負担割合、経過年数を考慮するかどうか、最終的な金額、敷金の精算額 | その場で金額を提示されても即答しない。「精算書は書面で送ってください」と伝える |
敷金についても、民法第622条の2第1項は、賃貸借が終了して賃貸物の返還を受けたときに、債務額を控除した残額を返還すると定めています(e-Gov法令検索で2026年9月20日確認)。つまり、精算は明け渡しのあとに行うのが法律の想定です。当日に金額が出ないこと自体は、おかしなことではありません。
そしてもう一つ。民法第621条は、通常損耗(ふつうに住んで生じる傷み)と経年変化を原状回復義務から除いています。ここが借主側の一番の足場です。
退去立会い当日の流れ
会社によって細部は違いますが、進み方はだいたい共通しています。所要時間は部屋の広さと荷物の残り方で変わり、単身の部屋なら30分前後で終わることが多く、指摘が多い部屋だと1時間を超えることもあります。
| 順番 | やること | 借主が気をつける点 |
|---|---|---|
| 1 | 荷物がすべて出ているか、残置物がないかの確認 | 粗大ごみ・カーテン・電球・エアコンの取付金具などを残さない。残すと撤去費用を請求されやすい |
| 2 | 床・壁・天井・建具・水回り・設備を順に見て回る | 担当者と同じ場所を一緒に見る。指摘された箇所は自分のスマートフォンでも撮る |
| 3 | 確認結果を確認書・チェックシートに記入 | 「状態の記録」なのか「費用負担の合意」なのかを必ず聞く。書類の表題と、署名欄の上の文章を読む |
| 4 | 鍵の返却、明け渡し日の確定 | 鍵の本数を数えて渡す。スペアを作っていれば併せて返す |
| 5 | 後日、精算書・見積書が郵送またはメールで届く | 届いた内訳と、立会いの写真を突き合わせる。納得できなければ書面で説明を求める |
3番が山場です。書類の名前が「立会い確認書」「現況確認書」なら状態の記録、「原状回復費用負担確認書」「精算合意書」なら費用の合意です。後者にその場で署名すると、金額に同意したと扱われる可能性があります。迷ったら持ち帰ってください。
なお、解約の予告期間や立会いの日程調整は退去連絡の時点で決まります。手順は賃貸の退去連絡はいつまで?解約予告・違約金・立会いの流れを参照してください。
借主負担になりやすい場所・なりにくい場所
国交省ガイドラインの別表1は、負担の区分を具体的に示しています。以下はその要旨です。ガイドラインは法令ではなく、特約があれば別途その有効性が問題になりますが、話し合いの共通の物差しとして広く使われています。
借主負担と判断されることが多いもの
- ガスコンロ置き場・換気扇等の油汚れ、すす(清掃や手入れを怠った結果の汚損)
- 風呂・トイレ・洗面台の水垢、カビ(同じく手入れを怠った結果のもの)
- 鍵の紛失・不適切な使用による破損にともなう取替え
- 落書きなど故意による毀損、用法違反による設備の毀損
- ペット飼育による柱・クロスのキズや臭い(飼育が禁じられている物件では用法違反にもあたる)
- 結露を放置したことで広がったカビ・シミ(賃貸の結露・カビ対策で予防の仕方を書いています)
貸主負担とすることが妥当とされているもの
- 専門業者による全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃=ゴミ撤去・掃き掃除・拭き掃除・水回り・換気扇・レンジ回りの油汚れの除去等をしている場合。次の入居者確保のためのものとされる)
- 破損・紛失がない場合の鍵の取替え(入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題)
- エアコンの内部洗浄(喫煙等による臭いが付着していない限り)、台所・トイレの消毒
- 設備機器の寿命による故障・使用不能(経年劣化による自然損耗)
- 次の入居者確保のために行う浴槽・風呂釜等の取替え
加えて、借主負担になる箇所でも、経過年数の考え方で金額は変わります。ガイドライン別表2は、最終残存価値を1円とし、経過年数が多いほど借主の負担割合が小さくなるようにするという基本の考え方を示したうえで、壁のクロスは6年で残存価値1円となる直線(または曲線)を想定して負担割合を算定する、としています。一方で、畳表・襖紙・障子紙は消耗品に近く減価償却資産になじまないため経過年数を考慮しない、フローリングは原則として経過年数を考慮しない、といった区別もあります。
設備の耐用年数も同表に挙がっています。流し台5年、エアコンなどの冷暖房機器・電気冷蔵庫・ガスレンジ・インターホン6年、便器や洗面台などの給排水・衛生設備15年、ユニットバスや浴槽は建物の耐用年数。「6年住んだ部屋のクロス代を全額請求されている」なら、ここを指摘する余地があります。
署名する前に確認する3点
立会いの最後に紙を出されたら、この3つだけ確かめてください。1分で済みます。
- この書類は何を決める書類ですか。状態の記録なのか、費用負担の合意なのか。署名欄の上の一文に「上記金額を負担することに同意します」といった文言がないかを読む
- 金額はいつ、どういう形で確定しますか。「後日、内訳のついた精算書を書面でください」と伝える。口頭の概算に同意しない
- 特約に基づく請求が含まれていますか。クリーニング費や鍵交換費が最初から入っている場合、それは契約書の特約を根拠にしています。金額と範囲が契約書に書かれているかを後で照合する(敷金からの控除の仕組みは敷金・礼金とは?相場と返ってくる仕組みを参照)
署名する場合でも控えを必ずもらってください。控えがないまま署名した書類は、後で内容を確認できません。複写がなければ書面をスマートフォンで撮らせてもらう。これは断られたことがありません。
立会いで揉める部屋と揉めない部屋の差
立会いに出ていると、揉めるかどうかは部屋の汚れ具合ではなく、記録があるかどうかで決まると感じます。
揉めない部屋には共通点があります。入居時の写真が残っていて、「この傷は入居時からありました」と1枚出せる。この1枚が出た瞬間、その箇所の話は終わります。貸主や管理会社に反論する材料がないからです。逆に入居時の記録がない部屋では「退去時にこうなっている」という事実だけが残り、どちらの主張も裏づけがないまま押し引きになります。この押し引きでは、立会いに慣れている側が有利になりがちです。公平ではないと思いますが、実際そうなります。
もう一つ、あまり言われていないことを書きます。貸主は、その部屋を次にいくらで募集するかを頭に置きながら立会いをしています。次の募集でどうせ張り替えるクロスと、部分補修で済ませるクロスでは、指摘の熱量が違う。「全部きれいにしてから貸したい」という気持ちと、「借主に負担させられる範囲」は別物なのですが、現場ではこれが混ざります。だから、「それは次の入居者のためのグレードアップではないですか」という問いかけは効きます。ガイドラインも、部屋全体のクロス張替えを借主の義務とすると「原状回復以上の利益を賃貸人が得ることとなり、妥当ではない」と書いています。
退去前の掃除は費用面でも効きます。油汚れや水垢は「手入れを怠った結果」として借主負担に振られやすく、ここは自分で落とせます(道具は賃貸の退去前掃除はこの5つ)。壁に穴を開けるDIYをしていた人は賃貸でできるDIYの範囲は?も先に読むと、指摘される箇所の見当がつきます。
判断の分かれ目:その場で答えていいこと・持ち帰ること
| 場面 | 対応 | 言い方の例 |
|---|---|---|
| 事実の確認(この傷はいつからか、この汚れは何か) | その場で答える。覚えていないなら「記憶にありません」でよい | 「入居時からありました。写真があるので後で送ります」 |
| 状態の記録への署名 | 記載内容が事実と合っていれば署名して差し支えない。違う箇所は訂正してもらう | 「この欄の『広範囲』は違うので、範囲を書き直していただけますか」 |
| 費用負担への同意・金額の提示 | 持ち帰る。口頭でも「いくらです」に頷かない | 「その場で決めずに、内訳の書面をいただいてから返事をします」 |
| 特約を根拠にした請求 | 持ち帰る。契約書の該当条項と照合する | 「契約書のどの条項ですか。手元で確認してから連絡します」 |
精算書が届いてから納得できないときは、電話ではなくメールなど文字の残る形で、内訳の説明を求めてください。国交省ガイドラインのQ&Aは、賃貸人には敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、借主は明細を請求して説明を求めることができる、としています。金額の根拠、負担割合の計算、経過年数を考慮しているかどうか。この3点を聞くだけで、内訳が組み替えられることは珍しくありません。それでも折り合わない場合は、契約書・精算書・写真を持って、お住まいの自治体の消費生活センターなど第三者に相談してください。
よくある質問
退去立会いに必ず出席しないといけませんか
契約書に立会いの定めがあればそれに従うことになりますが、遠方への引っ越しなどで難しい場合、鍵を郵送して立会いなしで処理する運用もあります。ただし立会いに出ないと、部屋の状態を自分の目で確認する機会がなくなります。どうしても出られないときは、退去当日に部屋全体(床・壁・天井・水回り・設備)を撮影し、日付の分かる形で残してください。その写真が、後から届く精算書を検証する唯一の材料になります。
その場で見積書を出されて「今サインすれば安くします」と言われました
即決を求める提案は、持ち帰って判断してください。値引きの提示自体が悪いわけではありませんが、内訳を検証する時間を与えない進め方は借主側に不利に働きます。「内訳をいただいて、確認してから返事をします」と伝えれば十分です。その場で決めなければならない義務はありません。
入居時の写真を撮っていません。もう打つ手はないですか
不利ではありますが、手はあります。第一に、民法621条により通常損耗・経年変化は原状回復義務の対象外なので、その傷みが「ふつうに住んでいれば生じるもの」かどうかを論点にできます。第二に、経過年数の考慮です。入居年数と設備の耐用年数を照らして、負担割合の計算根拠を求めてください。第三に、入居時に受け取った書類です。管理会社によっては入居時の状況確認リストを作成していますので、その控えがあるかを尋ねてみてください。
立会いの日に部屋の掃除は終わらせておくべきですか
はい。荷物をすべて出して、通常の清掃(ゴミの撤去、掃き掃除・拭き掃除、水回り、換気扇やレンジ回りの油汚れの除去)を済ませた状態にしてください。ガイドラインは、借主がこの通常の清掃をしていれば、専門業者による全体クリーニングは次の入居者確保のためのもので貸主負担とすることが妥当としています。逆に、通常の清掃を怠った結果の汚損は借主負担に振られます。掃除は、立会い当日ではなく前日までに終わらせるのが確実です。
まとめ
退去立会いは、部屋の状態を確認して記録する場です。国交省ガイドラインの費用算定の手順でも、立会いは「物件の状況確認」に当たり、負担割合の検討と経過年数の確定はその後に置かれています。金額が出るのは立会いのあと。だから、当日に署名を求められても持ち帰って構いません。
確かめるのは3点だけです。「この書類は何を決めるものか」「金額はいつ確定するか」「特約に基づく請求が入っていないか」。そして控えをもらう。精算書が届いてから納得できなければ、文字の残る形で内訳の説明を求めてください。借主が明細を請求して説明を求められることは、ガイドラインのQ&Aにも書かれています。
いちばん効くのは、入居した日に部屋を撮っておくことです。次に引っ越すときに、この1枚が効きます。個別の契約は特約の有無で扱いが変わりますので、最終的な判断は管理会社または貸主へ確認し、折り合わないときは消費生活センターなど第三者に相談してください。
参照した出典(すべて2026年9月20日確認):国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」図5・別表1・別表2・Q&A Q17(全文PDF https://www.mlit.go.jp/common/001016469.pdf )/民法第621条・第622条の2(e-Gov法令検索)/国土交通省「賃貸住宅標準契約書」平成30年3月版 第14条・第15条。