結論:全国の家賃は物価ほど上がっていません。上がっているのは都市部と、貸主(大家)のコストです
「家賃が上がっている」という実感には、数字の裏づけがある部分と、ない部分があります。公的な統計で見ると、全国の民営家賃は上がってはいるものの、その幅は物価全体よりずっと小さい。一方で東京都区部では家賃の上がり方が全国よりはっきりしており、さらに貸主が負担する修繕費・人件費・保険料は家賃よりも速く上がっています。この3つの差が、更新時の値上げ交渉として表に出てきます。
以下、数字はすべて出典と時点を書きます。将来の予測は書きません。
数字で見る:家賃は物価ほどには上がっていない
総務省統計局「消費者物価指数」の2026年(令和8年)8月分・全国(2025年基準、2026年9月18日公表)から、住まいに関する項目を抜き出します。指数は2025年を100としたものです。
| 項目 | 指数(2025年=100) | 前年同月比 |
|---|---|---|
| 総合(物価全体) | 102.2 | +1.9% |
| 民営家賃 | 100.8 | +0.7% |
| うち木造 | 100.2 | +0.2% |
| うち非木造 | 101.0 | +0.9% |
| 公営・都市再生機構・公社家賃 | 100.9 | +0.8% |
| 設備修繕・維持 | 104.6 | +4.0% |
読み取れることは3つです。(1)民営家賃の上昇は+0.7%で、物価全体の+1.9%より小さい。(2)木造は+0.2%とほとんど動いていない。(3)建物を直すための費用(設備修繕・維持)は+4.0%と、家賃の数倍の速さで上がっている。同じ月の内訳では外壁塗装費が+6.4%です。
ただし、これは全国の平均です。同じ統計の東京都区部(2026年8月分・中旬速報値、2026年8月28日公表)を見ると、民営家賃は102.3で前年同月比+2.0%(木造+1.4%、非木造+2.1%)。全国の+0.7%とは明らかに差があります。「家賃が上がっている」という話が都市部の人から多く出るのは、感覚ではなく統計にも表れている差です。
値上げの要因を分解する
| 要因 | 確認できる数字(出典・時点) | 家賃への効き方 |
|---|---|---|
| 修繕・維持の費用 | 消費者物価指数「設備修繕・維持」+4.0%(総務省統計局、2026年8月分・全国) | 直接効く。退去のたびの原状回復と、10年前後で回る大規模修繕の両方に乗る |
| 人件費(工事) | 公共工事設計労務単価が全国全職種単純平均で前年度比+4.5%、14年連続の上昇(国土交通省、令和8年3月から適用・令和8年2月17日公表) | 工事費の中身は人件費が大きい。民間工事の見積りにも波及する |
| 火災保険料 | 住宅総合保険の参考純率を全国平均で13.0%引上げ、水災料率を5区分に細分化(損害保険料率算出機構、2023年6月21日届出) | 建物の保険料は貸主の固定費。契約更新のたびに効く。参考純率は各社が保険料を計算するときの基礎になる率で、実際の保険料の改定率とは別 |
| 借入金利 | 数値は各時点の公表資料で確認が必要 | 返済額が増えれば収支が圧迫される。借入のある物件ほど影響を受ける(推測を含みます) |
| 需要(人の動き) | 東京都区部の民営家賃+2.0%と全国+0.7%の差(総務省統計局、2026年8月分) | 人が集まるエリアほど値上げが通りやすい。地方では通りにくい |
この表で言いたいのは、家賃が上がっている理由の中心は「貸主が儲けたいから」ではなく、建物を維持する費用が先に上がっているからだということです。家賃が+0.7%しか動いていないのに、直す費用が+4.0%で上がっている。この差が続けば、どこかで家賃に転嫁されるか、修繕が先送りされるか、どちらかになります。
上がりやすい物件と、上がりにくい物件
- 上がりやすい…人口が流入しているエリア/駅に近い/同じ条件の空室が周辺に少ない/非木造(統計上も木造より上がっている)/設備の更新が続いている建物
- 上がりにくい…周辺に同条件の空室が多い/木造で築年が経っている/駅から遠い/人口が減っているエリア/その部屋に長く住んでいる入居者がいる
最後の「長く住んでいる」は、貸主にとってかなり大きい要素です。理由は次に書きます。
家賃を上げざるを得ない貸主側のコスト構造
貸主にとって、家賃は「上げたいもの」ではなく「上げると入居者が出ていくかもしれないもの」です。そのうえで、コストの構造を書きます。
貸主の支出は、大きく①固定資産税、②建物の火災保険料、③日常の修繕、④十数年に一度の大規模修繕、⑤共用部の光熱費と清掃、⑥管理会社への委託料、⑦借入の返済に分かれます。このうち②③④⑥は、ここ数年で明確に上がっている費目です。数字は前の表のとおりで、私の体感ではなく統計に出ています。
そして貸主にとって決定的なのは、入居者が入れ替わるときに一番お金が動くということです。1回の退去で、原状回復、設備の更新、広告料、空室期間の家賃の損失が、まとめて発生します。空室が1か月延びれば、その分の家賃はそのまま消えます。だから、いま住んでいる人に出ていかれるほうが、家賃を据え置くよりずっと高くつくのです。
これが「長く住んでいる入居者の家賃は上がりにくい」理由です。貸主は、更新のたびに次の計算をしています。「値上げ幅 × 12か月」と「退去したときの原状回復+空室期間の損失」を比べ、後者のほうが大きければ、値上げは言い出さない。感情の話ではなく、単純な引き算です。実際、更新のたびに家賃を上げる貸主はごく少数です。
逆に言えば、値上げを通告してくるときの貸主は、その計算をしたうえで「それでも上げたい」と判断しているということです。周辺の募集家賃が明らかに上がっている、大規模修繕の資金が必要、といった理由が背後にあります。
借りる側の備え
- 更新の3か月前に、周辺の募集家賃を自分で調べる。同じ駅・同じ間取り・同じ築年帯の募集がいくらで出ているか。これが交渉でも判断でも唯一の材料になります。
- いまの家賃が手取りに対して重すぎないかを確認する。目安は家賃は手取りの何割が目安かで計算できます。値上げを受けたときに耐えられるかは、ここで決まります。
- 更新料の有無と金額を契約書で確認しておく。地域差が大きい費目です。更新料の相場と地域差にまとめました。
- 引っ越したときの総額を一度計算しておく。初期費用、引越費用、家具の買い替え、新旧の家賃差。値上げ分の12か月と比べて、どちらが安いかを数字で持っておくと、通告されたときに慌てません。
- 交渉するなら、根拠と代わりの提案を用意する。「高いので下げてください」は通りません。通る言い方は家賃交渉は可能?に例文つきで書きました。
- 長く住むこと自体が、値上げへの備えになる。上に書いたとおり、貸主にとって退去は高くつきます。良い入居者であることは、いちばん静かに効く交渉材料です。
判断の分かれ目:値上げを受け入れるか、引っ越すか
| 状況 | 向いている判断 | 理由 |
|---|---|---|
| 周辺の募集家賃が、値上げ後の金額と同じか高い | 受け入れて住み続ける | 引っ越しても同じか高くなる。初期費用の分だけ損になる |
| 周辺の募集家賃のほうが安い | その資料を示して相談する | 貸主も周辺相場は見ている。根拠があれば再検討の余地がある |
| 値上げ幅×12か月<引っ越しの総額 | 受け入れる | 単純な比較。1年以内にどうせ引っ越すなら別 |
| 値上げ後の家賃が手取りに対して重い | 更新前に動き出す | 払えない水準で契約を続けると、滞納の側の問題になる |
よくある質問
家賃はこれからも上がり続けますか
将来のことは分かりません。ここで断定できる人はいないと思っています。言えるのは、2026年8月時点の統計では、全国の民営家賃の上昇は+0.7%で物価全体より小さく、東京都区部は+2.0%で差があること、そして建物を直す費用が+4.0%と家賃より速く上がっていること(いずれも総務省統計局・消費者物価指数)です。この差が続くかどうかは、そのときの統計を見てください。
木造アパートの家賃が上がりにくいのはなぜですか
統計上も木造の民営家賃は+0.2%(2026年8月分・全国)と、非木造の+0.9%より小さい数字が出ています。理由として考えられるのは、木造の賃貸は戸数が多く供給に余裕があること、築年の経った建物が多いこと、価格で選ばれる層が中心で値上げが通りにくいことです。ここは統計から読める範囲を超えた説明なので、推測を含みます。
共益費や更新料も上がっていますか
共益費は共用部の光熱費・清掃・点検に使われるので、それらが上がれば影響を受けます。ただし消費者物価指数では共益費を家賃に含めて集計しているため、家賃と分けた動きを公的統計で確認することはできません。更新料は地域の慣行によるもので、統計がありません。いずれも「上がっている」と断定できるデータを持っていないので、そう書かないでおきます。
値上げを断ることはできますか
家賃の増額は貸主が一方的に決められるものではなく、協議で決めるのが基本です。合意できないときの手続も法律に定めがあります。ただし個別の契約に増額に関する特約がある場合など、扱いが変わることがあるので、契約書を確認したうえで管理会社または貸主に相談してください。断り方そのものについては、根拠を用意して話す方法を家賃交渉の記事に書いています。
まとめ
- 全国の民営家賃は+0.7%、物価全体は+1.9%(総務省統計局・消費者物価指数、2026年8月分・全国、2025年基準)。家賃は物価ほど上がっていない。
- 東京都区部の民営家賃は+2.0%(同、2026年8月分・中旬速報値)。都市部と全国で差がある。
- 貸主のコストは家賃より速い。設備修繕・維持+4.0%、公共工事設計労務単価+4.5%(国土交通省、令和8年3月適用)、火災保険の参考純率は全国平均13.0%引上げ(損害保険料率算出機構、2023年6月届出)。
- 貸主は「値上げ幅×12か月」と「退去したときの損失」を比べている。長く住む人の家賃は上がりにくい。
- 備えは周辺の募集家賃を自分で調べることと、引っ越しの総額を計算しておくことの2つ。
本文の数字はすべて上記の時点のものです。最新の値は総務省統計局・国土交通省・損害保険料率算出機構の公表資料で確認してください。個別の値上げに応じるかどうかは、契約書を見ながら管理会社または貸主に相談を。
