結論:値上げは断れます。ただし「払わない」のではなく「これまでの額を払い続ける」が正しい対応です
更新のタイミングで家賃の値上げを通告されても、あなたが同意しなければ家賃は上がりません。借地借家法32条の増額請求は、請求すれば自動的に金額が決まる権利ではないからです。合意できなければ、最終的には裁判所が判断します。
ただし、対応を一つ間違えると立場が悪くなります。通告する側にいる立場から、大事な点を先に書きます。
- 支払いを止めてはいけません。借地借家法32条2項は「相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる」と定めています。これは支払免除ではありません。通常は従前の家賃を、従来どおりの期日に払い続けるのが正しい対応です。止めれば滞納として扱われます
- 断ったことを理由に追い出されることはありません。貸主(大家)からの更新拒絶には借地借家法28条の「正当の事由」が必要です。値上げを断ったというだけでは正当事由になりません
- ただし、負けたときの利息があります。裁判で増額が認められ、既に払った額に不足があると、不足額に年1割の利息を付けて払うことになります(32条2項ただし書)
以下、条文にもとづいて「断ったあとに何が起きるか」を時系列で整理し、最後に引っ越したほうが得なケースの見分け方まで書きます。こちらから値下げを求める場合の進め方は家賃交渉は可能?通る交渉・断られる交渉の違いと言い方【例文つき】にまとめてあるので、あわせて読んでください。
前提の整理:貸主はどういうときに値上げを請求できるのか
根拠は借地借家法32条1項です(e-Gov法令検索で2026年9月20日に現行条文を確認)。
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
ここから読み取れることが4つあります。
| 条文の言葉 | 意味するところ |
|---|---|
| 租税その他の負担の増減/価格の上昇・低下その他の経済事情の変動/近傍同種の建物の借賃に比較して不相当 | この3つのどれかに当たる必要があります。「何年も上げていないから」は、それだけでは理由になりません |
| 契約の条件にかかわらず | 契約書に値上げの条項がなくても請求自体はできます。逆に「2年ごとに◯%上げる」と書いてあっても、その通りに確定するわけではありません |
| 将来に向かって | 過去にさかのぼって差額を請求することはできません。効力が生じるのは請求が到達した時点から先です |
| 一定の期間増額しない旨の特約があれば、その定めに従う | 契約書に不増額特約があれば、その期間は値上げできません。まず契約書を確認してください |
同じ条文で、借主の側から減額を請求することもできます。ただし、定期借家契約で家賃の改定に関する特約がある場合、32条は適用されません(同法38条9項)。自分の契約が定期借家かどうかは契約書で確認してください。
断ったあと、何がどの順番で起きるのか
①契約は自動的に続く
期間の定めがある契約で、貸主が期間満了の1年前から6か月前までの間に更新しない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で更新したものとみなされます(借地借家法26条1項。ただし更新後の期間は定めがないものとされます)。家賃も従前のままです。合意しないまま更新日を迎えても、契約が切れるわけではありません。
では貸主が「更新しない」と通知したらどうなるか。ここで28条が効きます。更新拒絶には、双方が建物の使用を必要とする事情、従前の経過、利用状況、建物の現況、立退料の申出などを考慮した「正当の事由」が必要です。値上げを断られたという事情だけで正当事由が認められるものではありません。
②協議が調わない間は「相当と認める額」を払う
32条2項の出番です。増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額を支払えば足ります。実務上は、これまでと同じ家賃を同じ日に払い続けることになります。
ここを「払わなくていい」と誤解する人がいますが、それは滞納です。滞納が続けば契約解除の理由になり、値上げの話とは別のところで立場を失います。貸主が値上げ後の額でないと受け取らないと言ってきた場合は、法務局への供託という手段があります。自己判断で放置せず、この段階で相談窓口に確認してください。
そして裁判で増額が認められた場合、既に払った額に不足があれば、不足額に年1割の利息を付けて払うことになります。争う以上、このリスクは織り込んでおく必要があります。
③いきなり裁判にはならない(調停前置)
民事調停法24条の2は、借地借家法32条の増減請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならないと定めています(調停前置)。
| 段階 | 何をするか | 借主が注意すること |
|---|---|---|
| 1. 通告 | 貸主または管理会社から書面・口頭で値上げの申し入れ | 金額と理由を書面でもらう。口頭だけで進めない |
| 2. 協議 | 根拠の確認、条件のすり合わせ | 従前の家賃を払い続ける。回答は書面かメールで残す |
| 3. 調停 | 簡易裁判所に調停を申し立てる(32条の事件は調停前置) | 調停は話し合いの場。合意しなければ成立しない |
| 4. 訴訟 | 調停が不成立なら訴訟へ | 確定額に不足があれば年1割の利息が付く |
実際には、ほとんどの値上げ話は2の段階で決着します。調停まで行くのは、金額の差が大きいか、当事者の感情がこじれたときです。2の段階でどう返すかが、いちばん結果を左右します。
値上げを通告するとき、貸主はどこまで下げる余地を持っているか
値上げを通告する側の頭の中を書きます。
貸主は、通告額で決まるとは思っていません。固定資産税が上がった、保険料が上がった、近隣の募集賃料が上がった。そういう材料があるときに、いくらか上乗せした額を提示します。そしてそこから下げる余地を持ったまま出しているのが普通です。なぜなら、断られて退去されるほうが痛いからです。
空室になると、貸主には次の負担が一気に乗ります。
- 空室期間の家賃がゼロになる。次が決まるまで収入が止まります
- 原状回復とクリーニングの費用が出る。敷金で足りない分は持ち出しです
- 募集の広告費がかかる。決まったときに不動産会社へ支払います
- 次の入居者の質は読めない。いま問題なく住んでいる人は、貸主にとって確実な相手です
だから、滞納がなく、部屋の使い方に問題がなく、長く住んでいる入居者からの「この金額なら続けられます」という返答は、かなり効きます。逆に効かないのは、「払えません」「納得できません」だけの返答です。理由と代案がないと、貸主も引き下がる材料がありません。
返し方として現実的なのは、次の3つです。
- 根拠を聞く。「近傍同種の家賃と比べて、という理由でしたら、比較された物件を教えていただけますか」。答えられない場合、その通告は材料が薄い可能性があります
- 金額ではなく時期で譲る。「次の更新から」「半年後から」なら飲める、という返し方。貸主は決着すること自体を優先しがちです
- 中間額を自分から出す。「この金額なら、あと4年は住みます」。居住期間を添えると、空室リスクとの比較がその場でできるので通りやすい
ひとつ、正直に書いておきます。近年は、上げる材料が本当にある通告も増えています。「どうせ吹っかけているだけだろう」と決めてかかると、話がこじれるだけで得になりません。根拠を聞いて、筋が通っているなら落としどころを探すほうが早い。家賃の目安そのものを見直したい場合は家賃は手取りの何割が目安?|適正家賃の決め方を参照してください。
飲む・断る・引っ越す、どれが得か
値上げ額の大小だけで判断すると間違えます。引っ越しには一度きりの大きな費用がかかるので、「値上げ額 × 住み続ける月数」と「引っ越しの総額」を並べるのが正しい比べ方です。
| 比べる項目 | 値上げを飲む場合 | 引っ越す場合 |
|---|---|---|
| 毎月の差 | 値上げ額がそのまま増える | 新しい家賃との差。共益費・駐車場も含めて比べる |
| 一度きりの費用 | 更新料がかかる契約ならその分 | 敷金・礼金・仲介手数料・保証料・火災保険・引越代・原状回復の自己負担 |
| 手間とリスク | 次回も上げられる可能性 | 物件探し・内見・審査・住所変更。年齢や収入の変化で審査に通りにくくなることもある |
| 判断の目安 | 値上げ額×住む予定の月数が引っ越し総額を下回るなら飲むほうが有利、上回るなら引っ越しを検討する価値がある | |
ここで見落とされがちなのが更新料です。更新料のある地域では、更新のたびの支出も総額に入れて比べる必要があります。地域差が大きい費用なので、更新料とは?相場・地域差・払わないとどうなるかで自分の地域の扱いを確認してください。引っ越すと決めた場合の解約予告の期限は賃貸の退去連絡はいつまで?|解約予告・違約金・立会いの流れにまとめています。解約予告の期限を過ぎると、住んでいない月の家賃を払うことになります。ここは値上げの交渉より先に確認してください。
よくある質問
値上げを拒否したら、退去を求められますか
拒否したこと自体を理由に退去させることはできません。貸主からの更新拒絶や解約申入れには借地借家法28条の正当の事由が必要です。ただし、実際にどう判断されるかは個別の事情によります。退去を強く求められた場合は、その場で返事をせず、書面で理由を出してもらってから相談窓口に確認してください。
納得できないので、値上げ分を払わずにいてもいいですか
値上げ分を払わないのと、家賃を払わないのはまったく違います。32条2項が認めているのは「相当と認める額を支払うことをもって足りる」であって、支払いを止めてよいという意味ではありません。通常は従前の家賃を従来どおりの期日・方法で払い続けてください。自己判断で止めず、法テラスや自治体の無料法律相談で確認してください。
契約書に「2年ごとに家賃を改定する」と書いてあります。従うしかありませんか
32条1項は「契約の条件にかかわらず」と定めているため、契約書の条項があっても金額が自動的に確定するわけではありません。逆に、一定期間は増額しない旨の特約がある場合は、その定めに従うことになります(同項ただし書)。まずは契約書に不増額特約がないかを確認してください。なお、定期借家契約で家賃の改定に関する特約がある場合は、32条自体が適用されません(38条9項)。
値上げには上限がありますか
法令に「何%まで」という上限はありません。判断の基準は、32条1項が挙げる3つの事情(租税等の負担の増減、価格や経済事情の変動、近傍同種の建物の借賃との比較)に照らして相当かどうかです。したがって、金額そのものより「その根拠が示せるか」が争点になります。通告を受けたら、まず理由を書面で求めてください。
まとめ
- 値上げは借地借家法32条1項の請求。租税等の負担の増減、価格・経済事情の変動、近傍同種との比較のいずれかに照らして相当である必要があり、過去にさかのぼれない。契約書に不増額特約があれば、その期間は値上げできない
- 協議中は従前の家賃を払い続ける。「払わなくていい」ではない(32条2項)。裁判で増額が認められると不足額に年1割の利息が付く
- 断ったことだけを理由に退去させられることはない。更新拒絶には正当の事由が要る(28条)。訴訟の前には調停の申立てが必要(民事調停法24条の2)だが、実際は協議の段階で決着することがほとんど
- 飲むか引っ越すかは「値上げ額×住む月数」と「引っ越し総額」で比べる。更新料と解約予告の期限を忘れない
ここに書いたのは条文にもとづく一般的な説明です。実際にどう判断されるかは、契約書の記載とこれまでの経緯によって変わります。最終的な判断は、契約書を手元に置いたうえで管理会社または貸主と話し、折り合わない場合は法テラスや自治体の無料法律相談など専門の窓口に確認してください。その間も家賃の支払いは止めないでください。
参照した条文(2026年9月20日にe-Gov法令検索で確認):借地借家法26条・28条・32条・38条9項/民事調停法24条の2