【東京都の団地】昭和から続く団地暮らしの歴史を体感できる団地(北区赤羽にある【URまちとくらしのミュージアム】を見学。/5㎡)

東京都の賃貸物件は、東京都北区赤羽にある【URまちとくらしのミュージアム】を見学。にある団地(5㎡)です。東京都北区赤羽のURまちとくらしのミュージアムは、関東大震災後の集合住宅から高層団地まで、日本の住宅進化をリアルな空間で体験できる無料施設です。

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この動画でわかること

  • 関東大震災後の1924年に設立された同潤会による日本初の公的鉄筋コンクリート造集合住宅が展示されています。
  • 単身用と世帯用の異なる住戸設計が復元され、当時の生活様式の違いを体験できます。
  • 緊急避難用の縄梯子や炎症防止ガラス、ダストシュートなど防災・利便性の工夫が随所に施されています。
  • 密閉性に対応した通気性設計や湿気対策としてのコルク畳など、当時の技術的な課題解決方法が学べます。

物件概要・基本情報

物件種別団地
所在地東京都北区赤羽にある【URまちとくらしのミュージアム】を見学。
動画公開日2025年4月30日

北区のアクセス・周辺環境

ミュージアムは東京都北区赤羽に位置し、集合住宅の技術進化を辿る展示が行われています。UR都市機構による運営で、入場は無料で、約90分間のスタッフガイドツアーが提供されています。

※地図は住所から自動表示しています。実際の所在地と異なる場合があります。

北区の見どころ

ミュージアムは昭和30年代の住宅や建築学的に価値の高い同潤会アパートを移築・復元し、日本の集合住宅の歴史を辿る展示施設です。スタッフによる約90分間のガイドツアーが無料で提供され、当時の住まいがそのまま体験できる環境が整っています。

北区の集合住宅の技術の変遷を体験できる展示施設(室内・外観の様子)
集合住宅の技術の変遷を体験できる展示施設
北区の昭和から続く住宅の進化を実物空間で体験可能(室内・外観の様子)
昭和から続く住宅の進化を実物空間で体験可能

1923年の関東大震災後に設立された財団法人同潤会は、日本初の公的住宅供給組織であり、日本で本格的な鉄筋コンクリート造の集合住宅を建設し始めた組織です。1927年に建設された同潤会代官山アパートは、地震や火災に強い鉄筋コンクリート造で、当時は木造長屋が一般的だったため、非常に高価な賃貸住宅でした。

北区の関東大震災後の日本初公的住宅供給組織の歴史(室内・外観の様子)
関東大震災後の日本初公的住宅供給組織の歴史
北区の1927年建設の鉄筋コンクリート造大山アパート(室内・外観の様子)
1927年建設の鉄筋コンクリート造大山アパート

単身用住戸には作り付けの寝台ベッドが特徴的ですが、水回りが一切付いておらず、トイレや洗面所、浴室は敷地内の共用施設を利用し、食事は敷地内の有料食堂で取るという生活様式でした。一方、世帯用住戸は28平米の広さで、台所、トイレ、洗面台が備わり、家族3~4人の暮らしを想定した設計になっています。どちらの部屋にもガス線が付いており、お湯を沸かしたり暖房に用いられました。

北区の台所・トイレ・洗面台付きの2室世帯用ユニット(室内・外観の様子)
台所・トイレ・洗面台付きの2室世帯用ユニット
北区の通気性を高める続き窓と換気窓の設計工夫(室内・外観の様子)
通気性を高める続き窓と換気窓の設計工夫

この時期の住戸には防災への強い意識が反映されています。玄関先には緊急避難用の縄梯子が設置され、バルコニーの外壁に引っ掛けるフックが取り付けられているほか、玄関扉は木製に見えながら実は鉄板で巻かれた頑丈な構造で、ガラスも炎症防止の燃えにくいものが使用されていました。

北区の1955年設立の日本住宅団が初期に建設した2DK(室内・外観の様子)
1955年設立の日本住宅団が初期に建設した2DK
北区の食寝分離の新生活様式を実現した食卓付き住宅(室内・外観の様子)
食寝分離の新生活様式を実現した食卓付き住宅

密閉性の高い鉄筋コンクリート造への対応として、通気性を良くするための工夫が随所に見られます。単身用の室内には続き窓や換気用の鼓窓が配置され、風の通り道に配慮された設計となっていました。また、当時の畳はコルクボードにゴザを敷いたもので、湿気による腐敗を防ぎ、重い洋風家具にも対応できる強度を保つための工夫でした。

北区の日本初の10階建てエレベーター付き高層アパート(室内・外観の様子)
日本初の10階建てエレベーター付き高層アパート
北区の玄関扉色分けで階層を識別可能なサイン設計(室内・外観の様子)
玄関扉色分けで階層を識別可能なサイン設計

世帯用住戸のキッチン奥には、投入口からゴミを地上の集積場まで運ぶダストシュート設備が取り付けられており、当時の生活の利便性と設計の先進性がうかがえます。昭和の団地暮らしに興味がある方や、住宅設計の歴史を学びたい方に、実際に当時の空間に身を置いて体験できる貴重な施設です。

北区のよくある質問

この物件の間取りと広さは?

5㎡です。

この物件の所在地はどこですか?

東京都北区赤羽にある【URまちとくらしのミュージアム】を見学。です。

入場料金はいくらですか?

入場は無料です。また、スタッフによる約90分間のガイドツアーも無料で提供されています。

当時の単身用住戸になぜ水回りがなかったのですか?

トイレや洗面所、浴室は敷地内の共用施設で共有し、食事は敷地内の有料食堂を利用するという生活様式が前提だったため、各戸に水回りを設ける必要がなかったのです。

展示されている住戸は本物ですか?

はい、すべて本物です。当時の団地から実際に移築・復元されたもので、実際に当時の空間に入って体験することができます。

※ ここに載っていない点で気になることがあれば、YouTube動画のコメント欄からお気軽にご質問ください。ほぼ1人で運営しているため、すべてのご質問にお答えできるかはわかりませんが、「ブログ見たよ」と一言添えていただけると嬉しいです。

動画の書き起こし(字幕全文)

本日1時からの見学ツアーを担当いたし ます私、アテンダントのと申します。 どうぞよろしくお願いいたします。え、 さて、本日ご案内するUR町と暮らしの ミュージアは昭和30年代の住宅の他、 建築士的に価値が高いと言われている 同循環アパートの個などを一復現しまして 、集合住宅の技術の編成を辿どる展示を 行っています。

今回は東京の赤羽にある UR町と暮らしのミュージアムを見学して きました。ここは日本の集合住宅団地の 歩みをリアルな空間で体験できる施設です 。実際に当時の団地がそのまま移設復言さ れたお部屋に入ることができ昭和から続く 住宅の進化、暮らしの変化を互感で感じる ことができます。しかもこのミュージアム 入場無料でスタッフの方が約90分間 突きっきりでガイドしてくれます。

説は とても分かりやすく楽しく見学することが できました。団地にあったゴミがたまら ないスマート設備がなぜ消えてしまったの か。現代マンションにも通じる防災設備の 原点。集合住宅の廊下に設置された黒電話 の取り継ぎシステムなど思わずえっと声が 出る発見の連続でした。この動画では ミュージアムを5つのチャプターに分けて ご紹介します。

1つ目、1923年関東大 震災から始まったアパートの歴史。2つ目 、1955年第2次世界大戦後の住宅の 進化。3つ目、1958年高層住宅の登場 。4つ目、団地の配置や間取り、設備が どのように変わってきたか。5つ目、 まとめ。この5つのチャプターで進めて いきます。サクサク見たいという方はです ね、概要欄にタイムスタンプがありますの で、そちらもご覧ください。

さあ、皆様ご移動いたいただきまして ありがとうございます。こちらのエリアで は同循環についてご案内いたします。今 から100年前、1923年に発生した 関東大震災によりまして、非常に多くの 住宅が失われました。その翌年の1924 年に内務省の外格団体として議をもに設立 されましたのが財団法人の同巡です。

この 同巡は日本初の公的な住宅供給組織である と同時に日本において本格的な鉄筋 コンクリート作りによる集合住宅を作り 始めた組織でもありました。住まの復興を 目的とした同会約1万2000個の住宅を 供給しましたが、このうちの2800個は 鉄筋コンクリート作りによる集合住宅でし た。

さ、今私のこの後ろにありますのが 1927年に建設されました大山アパート の手前に単身用、この奥に世帯用の州庫を 、え、展示しております。この同瞬海の アパートというのは関東大材を教訓にして 地震や家事に強い鉄筋コンクリートで作ら れました。当時は賃貸住宅と言いますと 木造の長屋が一般的でしたのでこのように 頑丈な鉄筋コンクリート作り親賃は当時 非常に高かったと言われています。

お 住まいの方は社会的地位の高い方とか ブルージョアジーと呼ばれる人々が多く 住んでおりました。で、実際にこの後お 部屋上がっていただけますが、まず それぞれのお部屋の見所を簡単にご案内し ます。まず手前単子用の方ですね。 作り付けの寝台ベッドが設けられていると いう特徴があります。

ただですね、こちら 単身用の方には水回りが一切ついていない という特徴があります。トイレや洗面所は 各会共養の水回り。そしてお風呂や台所も ついていませんのでお風呂は敷地内にある 戦頭共同浴上え台所がありませんので 先ほど写真にあったような有料の食堂を皆 さん利用していたとされております。

さあ ではですね、世帯用も先に見所が案内し ます。皆様ちょっとこちら側に移動お願い いたします。お忘れます。 こちら世帯用の方には台所、トイレ、洗面 台が付いていまして、お部屋も2つあり ましたので、1つは客場としても使うこと ができたようです。そして進行当初電気 料金というのがお部屋の中についている 照明器具の数によって決まってしまう低学 性だったので、やはり節約したいという 気持ちが働くのか、トイレに照明がついて いません。

ではどうしていたのかと言い ますと、昼間は自然な明りがありますが、 暗くなってからは玄関と洗面台共通の 小さな明りが付いてるんですが、この明り でお手洗いも代用していたとされており ます。そして震災後に建てられたアパート ということで防災への意識が感じられる ところがございます。

まず玄関先に下がっ てるこちらのもの。こちらは緊急避難用の 縄端しごになります。で、これはこの階段 側のスペースから避難できないという場合 にこのはしごを担いでいってお部屋の中を 通りまして、こちら側にバルコニーがある んですけれども、外壁からフックが2つ 飛び出ています。あちらのフックにロープ を引っ掛けてバルコニー側から地上に避難 するということを想定されています。

ちなみにこちらの部屋は3階から一して おりますので3階からロープを使って地上 に避難するってことですね。さあ、そして もう1つ防災への意識ですが、玄関扉にも ご注目ください。この扉、一見木星の普通 の扉のようにですね、ご覧いただけるかも しれないんですが、実は木星の木の扉の上 から鉄板が巻いてあって、非常に硬くて 頑丈なんですね。

またこのガラスも炎症 防止用の燃えにくいガラスになっていると いう工夫がされています。世帯用は28 平米という広さです。え、世帯用の方はご 家族が3人から4人くらいが暮らすことを 想定されたお部屋となっています。え、 どちらもお部屋の隅こにガス線が付いて おりまして、このガス線を使って住んで いる方はお湯を沸かしたりとか暖房器具で 段を取ったりすることをやってきました。

ガス線の前に置かれている道具はガス ストーブとなっています。 ですね、当時は密閉性が高い鉄筋 コンクリート作りということで通気性を 良くするための工夫もされております。 例えば単身用の方、ベッドのすぐ横の壁が 続き窓になっていたりとか、ベッドと反対 側の方にも換気用の鼓窓が付いていたりし まして、これらを変用することで風の 通り道に配慮された設計となっております 。

実は畳の構造が独特のものになっていまし た。実は皆さんがよく知っている畳では なかったんですね。このようになってい ました。 ではコルクボードが引いてあって上からござせてあるだけだったんです。 はい。畳みのように見せていたということです。 なぜこうなっていたのかと言いますと、当時は密閉の高い鉄筋コンクリート作りということで湿気で畳みがびないようにと水に強いゴルクが使われました。

またそれ以外にもこの時代には洋風の テーブルとか椅子重量のあるですね思い具 ことがありましたので畳みが沈まないよう にということである程度強度のあるコルク が使われました。ただ当時コルクが輸入品 効果でしたのでこの方法が定着はしなかっ たということです。そしてこの1番右に あるのがですね、ダストシュートの展示に なります。

実は世帯用のお部屋の方 キッチン奥の壁にと手が付いてまして、 それがこのようなダストシュートに繋がっ ていました。ゴミをポンと投入りますと、 この筒を通って地上のゴミ集席場までゴミ を運んでくれる便利なものです。で、これ はですね、昭和40年代の初め頃まで ダストシュートは、え、大規模な高断住宅 とか小学校とかにもございましたが、ゴミ の分別の問題とか衛星上匂いの問題とかが ございまして、だんだんと使われなくなっ ていたものとなります。

で、これ自体は 古石芝住宅というところで実際に使用され ていたダストシュート展示。 さて、1945年に第2次世界大戦が 終わりまして、10年経過して経済は だんだんと復興していったんですが、都市 の住宅不足というものがなかなか解消され ませんでした。この課題に対応するために 1955年に設立されましたのが後のUR 日本住宅となります。

今皆様の後ろにある 復元受合。こちらは日本住宅団が初期に 作った2DKの間取りの住宅。板区にあり ましたハネ団地から一区復現したものです 。当時はこちらの間取りが団地の大名刺と 呼ばれた標準的な間取りでした。 さあ、手前のパネルですね。新しい住宅像 となっております。これまでの生活 スタイルというのは、え、ご家族ですね、 家族で和室でお食事を取った後、一旦 茶ブ台を片付けて、今度は同じお部屋にお 布団を聞いて寝るという生活だったんです が、戦後ということもありまして、江談 住宅では衛生面の改善ですとか、家事の 負担軽減のために京都大学の教授西山武蔵 氏が提唱した食進分離という考えを採用し ます。

寝るスペースと食べるスペースを分けるという考えになります。まず皆さんご覧ください。このダイニングテーブルですね。これが備え付けでついていたという特徴があります。備え付けなんですね。 これ先ほどの食分離の間取りになりますので、このテーブルがある方がお食事をするですよ。和室の方が寝るスペースですよっていうことを分かりやすくするためにメッセージ性を込めて最初から設置されていました。

で、これがないと皆さん使い慣れた茶を持ち込んで室の方でお食事を始めてしまいますので、やはり戦後ということもあって意識の改革を込めて設置されていました。実際に使うとすごく便利なテーブルだったようでお引っ越しの時にこのテーブルを持ってってしまうご家族結構いたみたいなんですよね。なので団地によっては足元鎖でぐるぐる巻きに持っていかれないようにと繋いでるところもあったそうです。

大丈夫です。 そして台所の流し台にもご注目ください。この時代ですね。 ステンデスの大量生産がまだギリギリできていないぐらいの時代でして、このような人のですね、石作りの職人さんが 1つ1 つ手作りしている高級な流し台になっておりました。 うん。 さあ、そしてこの部屋の真ん中のですね、こちらの棚をちょっと面白いコードしてます。

この第 2 側から見ると上半分は食器棚に年使えるんですが、反対側、原側の下半分が下駄箱となっているんですね。 1台2役の仕様なんですね。 またもう1つ1台2 役がありまして、玄関照明今仮がついていますよね。 あちらが両面灯になっていて、反対のお手洗いも同時に照らせるという便利な照明になっております。

ちなみにトイレ水式なんですが、まだ和敷のタイプのトイレです。 で、この1 段高くなっているタイプが当時は記者の中とか乗り物で採用されていて、これは記者弁当るタイプのお手洗いになっております。 さ、そして皆様、足元の畳みなんですが、 現在の一条よりもやや小さい団地サイズと 呼ばれるものになっています。

こちらの ハネのお部屋は面積が33平米になってい ます。こちらのお部屋はですね、当時の 親賃が反明していて、当時月額4500円 です。これ現在に換算すると約8万円の 親賃ということになっています。当時は 住宅の時代でしたので、このように最新の 設備が整った後団住宅、主婦の憧れとして 大人気でした。

え、団地によっては当選 倍率100倍以上というところもあった そうです。え、運良く団地に住むことが できますと、団地族と呼ばれて社会現象に なったそうです。そして戦頭が主流だった 時代に高断住宅にはお風呂がついていたと いうのも特徴の1つでした。 このハネ団地にも木星の浴草がついておりまして、下でガスを炊いて煙突から廃棄するという仕組みになっています。

ちょっとショックを受けてるんです。 50 年代様々な集合住宅の姿が模索されましたが、中でも特徴的なのが春見構アパートとなります。このお部屋真ん中にある 2 つの模型が春見構アパートの模型となっております。 さ、こちらを設計したのは日本を代表する建築家の前川国吉になります。 代表作は新宿の木の国書店の建物とか上野にある東京文化会館などがございます。

さあ、この春見高層アパートなんですが、後談初の 10 回建てがございましたのでエレベーターが付いておりました。実はこの部屋にですね、エレベーターが 1 つ展示されておりますが、あちらが見で実際に使われていたエレベーターとなっています。 後ほど中にあの入っていただきますが中に 当時の落書きが残っている都合上内部の 写真撮影だけがNGになってます。

ただ 大観からお踊りいただきますので よろしければ是非外側からお踊りください 。 そして当時はですね、エレベーター使い慣れてない方が多かったので、エレベーターガールがいて最初は案内をしてくれたと言われております。この時代はですよ。あり、お名前のあれですよね。お名前はですよね。はい。

この案内版と所にですね、この穴が釘をさしたみたいなが開いてまして、これは今おっしゃるんですね、お名前のネームプレートがここにはまっていて、表殺みたいですね。 それを外した後になってます。 中には自分で鈴木とか手書きで書いてる方もいるんですけど、お名前がはまっていたということになります。

はい。 で、これ三ソごとにですね、ピンクとか黄色とか色分けされてるんですけれども、これ何の色かと言いますと、玄関扉の色がこのように色分けされたんですね。あ、 で、自分がどこの階層にいるのかというのを間違わないようになっていたとですね、言われております。 さあ、ではですね、皆様見が済みましたら今度は春のお部屋を 2つご案内いたします。

で、まずはですね、エレベーターが止まる会、廊下があるをご案内して、その後エレベーターが止まらない、廊下がないかもご案内します。 で、当時ですね、どちらのお部屋が人気があったのかと言いますと、実は不便なんですが、エレベーターが止まらない回のお部屋が人気がありました。 なぜかと言いますと、廊下がない分お部屋の面積が広くてかなり解放感があるということと 廊下がない分プライが確保されやすかったということでこちらのお部屋の方が人気があったと言われております。

さあ、こちらがですね、春見構アパートのエレベーターが止まる回 6階のお部屋の前になっています。 今皆さんが立ってらっしゃる場所というのがロカの部分なんですけれども、結構幅が広いかと思います。 こちらの幅約2mありました。 なぜこんなに広いのかと言いますと、例えば子供たちが地上まで降りなくてもこの廊下で遊ぶことができたりとか 隣近所の人が立ち話がしやすいようにと広く廊下が接近されていたそうです。

ただですね、当時子供たちの間で流行っていた遊びがありまして、鉄性のローースケートとか 3輪者だったんですね。 で、この長い廊下を子供たちが 3 輪者でかけ回ることがよくあったそうです。 そうすると春目は独特な構造をしていて皆さん今立ってらっしゃるこの下の部分、足元の部分というのが廊下がない海の方のお部屋の天井なんです。

すぐたなので子供たちが駆け回ると下の向の方がうるさいということでクレームが入るということで後々廊下での遊び方のルールが定められていったと言われています。うん。うん。 そして玄関扉もですね、ガラガラっと横に引く引き度のタイプになってます。 これも廊下が人が集まるエリアとして作られているのでガチャっと開けた時に人にぶつからないようにということで度が採用されている台です。

うん。 さあ、そしてこの廊下の向こう。今真っ白ですけれども、当時は銀座の街並が眺められました。 そして下に手すりがついていますよね。当時は鉄性の手すりが主流でしたが、春は海が近い錆びてしまうということで、こちらのコンクリート性の手りが採用されました。これ実際に触っていただけますが、春は春から持ってきた 1958年の本物のすりとなっています。

かなり重量感があるんですが、この重さが高層での暮らしに安心感、安定感を生むという効果があったそうです。うん。 さあ、そしてこの廊下で1 番特徴的なものがですね、ここにある黒電話なんですか?見えますでしょうか?黒電話ですね。 この電話何かと言いますと、上下会含めたサンフロア共通の電話になります。

え、進行投はまだそれぞれのお部屋に電話の回線が引かれていなかったんですね。 ですので電話交換の方がいました。まず電話がかかってきますと交換の方が先に受けてくれて、 それぞれのお部屋にブザーで知らせてくれます。 お部屋に住んでいる人はそのブザーを押し返してから廊下に走って出てきてここで電話を受けていたと思ってます。

で、この電話は廊下にしかついていないのでエレベーターが止まらない回、廊下がない回の方は階段を登るとか降りるとか結構移動をしてたついていたと言われています。 さあ、ではですね、この電話のブザーなんかもお部屋の中についてますので、お時間の方からですね、ど中にお入りください。さあ、それではですね、こちらのお部屋の中も簡単にご案内したいと思います。

まずですね、このエレベーターが止まる回、廊下がある回の方は廊下がある分面積はそんなに広くないです。面積は 30 平米なんですね。ただこちら高級住宅でしたので親家賃当時月額 1万円、現在に換算すると 18 万円のお家賃なかなかな住宅になっています。 当時はですね、朝の通勤時間帯には黒塗りの高級車がずらっとお迎えで並んでいたと言われている高級収穫なんですね。

うん。 で、こちらの部屋のりの特徴はバルコニーのある南側に沿って和室が 1、2と横に2 つ並んでいるという作りになってます。 で、こちらのお部屋、え、面積は狭いんですけれども、広く見せる工夫がされています。まずランマご覧ください。 このお部屋の中もバルコニー側も廊下の方もランがガラスできています。

うん。 これによって光がずっと奥まで差し込んでお部屋が広く明るく解放的に見えたと言われています。 そして足元の畳にもご注目ください。 この畳ちょっと長いそうですね。おっしゃるといいです。幅は標準の畳ですが長さが 2.3あります。通常は1.8 で横の切目の線が入るんですが、この余計な横線を入れないことによってお部屋を広く解放的に見せたいとですね、四角効果を狙った畳みとなっています。

こちらはみのために作られた畳なんですね。さ、そして電話の無惨な場所をお伝えしたいと思います。失礼いたします。非常に分かりづらい場所です。 足元のこの白い資格。こちらが電話のブザーです。上から音が鳴って下のボタンを押し返してから廊下に走っていって電話に出ていました。こんな足元についてるんですね。

そしてこのお部屋の特徴ですね。あとあの流し台がステンレス性になっております。 1958 年のクレ頃にサンウェーブ工業現在のリクシルがプレス加工によるものを大量生産できるようになりました。春見では都内で 1番最初に入れたとされております。 で、こちらの部屋の流し台は半分レプリカなんですが、この後下の回でご覧いただくものが当時の春の本物となっております。

で、お手洗いもですね、様式のトイレになっていますのでよかったらご覧ください。 江住宅では1960 年代から正式に様式トイレを採用しましたが、春見では 2年先分けて58 年から式トイレとなっています。 今度階段を降りてエレベーターが止まらない 5階のお部屋に行きたいと思います。 あ、結構急なので。

はい。 はい。すいません。 広いわ。 はい。ください。 さあ、皆様かでしょうか? こちらが春見構アパートのエレベーターが止まらない回、廊下がない回のお部屋になります。 こちらのお部屋は廊下がない分、先ほどよりも 9平米広くなってます。 面積は39平米ですね。 で、お家賃も先ほど当時で言う、あ、え、現在で言う 18万でしたが、こちらは現在で言う 22万円のお家賃 はい。

エレベーター止まらなくて家賃も高いんですけれども、当時こちらのお部屋が人気があったと言われています。 え、廊下がない分光や風が南北に通り抜けて非常に解放感があるので人気があったということです。 そしてこのバルコニー側からは東京湾が眺められて、北の方からは銀座の夜景が眺められたそうで、非常にいいロケーションのお部屋ですね。

ただこちらのお部屋の特徴もありまして、配管が剥むき出しになっている ということなんですよね。 で、これ見せる配管なんて言われてますが、なぜこうなっているのかと言うと、これもお部屋を広く解放的に見せるためですね。例えばこの配管を隠そうとすると天井が低くなったりとかしますのでうん。

うん。うん。うん。うん。 あえてこの見せる作りになってますが、真ん中の黒くて太い配管結構目立つかなと思うんですが、あれは上の貝の方のトイレの配管なんですよ。なので結構流れということが聞こえたみたいでしてそれでもお部屋の広さを追求してこう見せる作りになってる、あえてこうなっているというのですね。

ですね、このキッチンの流し台がですね、こちらのお部屋のものが当時の春の本物の流し台です。上のステレス部分から下の台まで全て当時の春の本物ですので是非間近でご覧ください。 はい。 はい。これ下駄箱なんですけど、下駄箱なんですが、靴を入れるのはこの内側について こんなついてんです。 で、なんでこうなっているかというと、こちらにあるこの手すりみたいな、これがカ立てなんですよ。

こっちが傘なので下駄箱の入り口がこちらになってですね。これも 1台2で下駄箱と傘立てます。 こっちから靴た方がいいと思う。 そうです。 基本的にこっちに傘立ての方がいいと思うよ。水で濡れてしまうからですね。 多分ね、こについてもさっきの このシのこの枠なんかもですね、アルミも検討されたようなんですが、やはりハミは海が近い錆びないようにということでこの気枠の差しが最終的に採用されたとおります。

さ、ではですね、皆さんの見学が済んだら次に進んでいきます。 こちらは団地の配置 20戦と言います。江弾が発足して以降の 特徴的な配置をしている団地を1/000 サイズの模型で表しています。また時代が 向こうに行くにつれてだんだんと新しく なっていって建物が高層化していく様子 などもご覧いただきます。

さあ、初期の 交団はですね、標準設計の重頭を 組み合わせてラチの空間を作ってきました 。1番標準的な万丈型、そしてスター ハウスに代表されるポイント型、テラス ハックス型ですね。これらを組み合わせて ランチの空間を作ってきました。では、 非常に特徴的なものだけお伝えします。 このすぐ上、上の台ですね。

こちらは全て の重頭が南向き平行に配置されています。 こちらは難面平行配置と言いまして、全て の重頭に均等に日が当たるように設計して このような作りとなっております。そして 今日皆様来てくださっている赤羽に関する ものもこちらにございます。こちらは旧 赤羽大団地の配置ですね。当時はポイント 型スターハウスがずらっと並んでおりまし た。

現在はこのスターハウス3頭と41号 と合わせて国の登録有計文化剤となって おります。ミュージアム今この辺りに立っ てるかなという感じです。そしてお隣が モぐ草ですね。こちらは木市と魂市に またがっているモぐですが給料地非常に こう気福に飛んだ知をしています。この 高定に合わせるように様々な形状、様々な 大きさ、様々な高さの重頭がランダムに 並んでおります。

またモぐと退避するよう に右上総加松原ご覧いただくと軽端で広い なんですよね。そこに難面平行配置で生前 と並んでる様子もご覧いただきます。さあ 、そして1970年代に入りますと、都心 部の土地を有効に活用しようという動きが 出てきます。え、そこで必ずしも日当たり 重視の難面平行配置にこだわらずにこの辺 豊島5丁目のように南北軸のツイン コリダーと言われるタイプの構想住宅も 設計されていきました。

そして1990年 代に入りますと都市部の再開発の動きが 加速していきます。え、そんな中で後談や URだけではなくて民間ですとかその他の 組織も合わせる形で都市部に放送住宅が たくさん作られていきました。こちらの 模型、白いものは高段URが手掛けたもの 。濃いグレーのものは民間ですとかその他 の組織が手掛けたものとなっております。

さあ、ではですね、このパネルも後ほど ゆっくりご覧いただきますが、反対側の エリアを同時にご案内しますので、皆さん はこちら側に一旦お進みください。 さ、ではですね、こちらのエリアは住宅 設計の移りと言います。団はこれまで大量 な住宅を供給してきましたが、いつ頃の 時代に供給のピークがあって、どのくらい の個数を供給してきたのかというのを こちらのオレセングラフや防グラフで紹介 しております。

また合わせて時代によって 移り変わっていく間取りの変遷というもの を下の4つの立体模型で表しています。 この模型は時代が進むにつれて口が狭く 奥行きが広くなっていく様子がご覧 いただけるというものです。さ、そして 真ん中にタッチパネルが2つございます。 これ皆さん触っていただけるものですが、 え、段地回収のビフォーアフターですね、 お部屋がこんな風に変わりましたという ものがご覧いただきます。

お部屋だけでは なくて洗面所とかトイレなんかもあります 。そして大規模ご覧いただくと建物外観の ビフォーアフターもご覧いただきます。 これ2台とも同じものですので是非空い てる方をご覧くださいませ。さ、そして あちらの壁位1面ちょっと見上げる形です がご覧ください。この壁一面は団地初めて 物語と題してまして、これまでご覧 いただきました同や日本交団の団地で実際 に使用されてきた設備や部品を展示してい ます。

さ、そしてこちらにですね、 インターホンの編線ございます。まず1番 右側が1950年代春見高層アパートで 実際に使用されていたものなんですが、 実際にですね、音を鳴らせてみたいと思い ます。やや大きな音になりますが失礼 いたします。はい、50 年代ですね。失礼いたします。万 このです。

そして60年代。 このです。 そして70年代。 そのために こですね。ちょっとほっとする感じの音に変わっていきます。こういう向きでついてますが、実際はこういう向きでぐるぐるっとこうなってまして、これですね、祝日の際に国旗のポールを立てるための国旗形用の道具ですね。 下が止め金でこれとこれがセットで同瞬で使われていた骨旗形用の豆腐本当はこういう風に付いてまして国旗のポールを立てるんですねってます。

はい。そう。 こういう実物ででこれ前と形から実れてるんですけどこれお手に UR 街と暮らしのミュージアムかがでしたか?実際に使われていた団地の一質を一質復現した展示はただ眺めるだけではなく畳の感触や照明の色、落書きされたエレベーターやネームプレートといった細務に至るまで互感を通じて当時の暮らしをルに体験できました。

専門知識を持ったスタッフの方が丁寧に約 90分もガイドしてくださり、入場無料と いうことを忘れてしまうほど充実した内容 でした。そして今回は見学の後に行われた ハウジングアドバイザーさんの研修会に 参加させていただきました。実際に団地を ご案内している現場の方々とお話しする中 でスマ選びの際にどんな視点を大切にして いるのか、どうやってお客様にその人 らしい暮らしを提案しているのか。

とても リアルな声を伺うことができました。この 間取りは光の入り方が良くて朝の時間がま 、気持ちいいんですよとか、恒例のお客様 にはこの設備の高さがちょうどいいんです よなど実際の生活に寝出した細かい視点に 驚かされました。UR街と暮らしの ミュージアムは昔の暮らしを知りたい方や 団地の歴史や建築の変遷に興味のある方に は心に残る体験になるはずです。

是非現地 でその空気を感じてみてください。はい、 ということでこの動画が少しでも参考に なった方、ミュージアム行ってみたいよと いう方は高評価とチャンネル登録で応援を よろしくお願いいたします。それではまた 次の動画でお会いしましょう。最後までご 視聴ありがとうございました。 オッケー。

もう1枚行きます。はい。 チーズ。オッケー。ありがとうございます 。 動画に使います。

※動画の音声・字幕をもとにした書き起こしです。聞き取りにより一部表記が異なる場合があります。

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最終更新日:2026年6月11日
※本記事は動画で見学したお部屋の情報です。同じ建物でも、賃料や面積(専有面積)はお部屋によって異なります。

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